今日の名言
「我が身にうしろ暗いところが一つも無くて生きて行く事は、
不可能だと思いました。トランプの遊びのように、マイナス
を全部あつめるとプラスに変るという事は、この世の道徳に
は起り得ない事でしょうか。」(「ヴィヨンの妻」新潮文庫より)
このフレーズは、主人公が働いている料理屋に飲みに来る客が
皆、犯罪者ばかりだと気付き、さらにお店に酒を売りに来た立
派な身なりの夫人が、実は水酒を売っていたと知る場面で出て
きます。
人間誰しも聖人君子ではありませんから、うしろ暗いところの
1つや2つはきっとあると思います。ただこのうしろ暗いのレベル
が人によって違うだけでしょう。
例えば、電車に乗って座席に座っていたら、目の前にお年寄りが
立っていても、疲れていたから席を譲らなかったという経験だけ
でも、うしろ暗いところがあるという人もいるでしょう。
そういう意味では、人によってうしろ暗いところのない人なんて
いないと言えますよね。
でも単にうしろ暗いところない人はいないということだけでなく、
うしろ暗いところなく生きていくことがいかに困難か、世の中自
体が、真っ当に生きられない状態であるということを言いたいの
ではないかという気がします。
適切な例では無いかもしれませんが、あまりの介護地獄に陥り、
被介護者である、親・子供・配偶者に手を掛けてしまう事件の
ニュースをよく見ますが、これは正に世の中自体に問題がある
から、こんな事件が起きてしまうのではないか、真っ当に生き
られない事例ではないかと思います。
時代が変わっても、生きることそれ自体が、非常に厳しい、
辛い、やるせない、そういうことなのかもしれません。
だからこそ、トランプの遊びのように、マイナスを全部集める
とプラスになる、すなわちうしろ暗いところを全部集めると
うしろ暗いところが帳消しになるようなことはないのかという
主人公の叫び悲痛に感じられます。
ヴィヨンの妻改版 [ 太宰治 ]